箸休めの手品が割とガチ

箸休めの手品が割とガチ

たまには手品カテゴリーでも充実させようかと思い,2つの動画紹介でもしようかと。
一本目は,Tom Mullica(トム・マリカ)

お時間のない方は1:00~どうぞ♪
2018年にお亡くなりになりましたが,世界を代表するタバコのマジックの巨匠。この人がいてこそのタバコマジック。お茶目な笑顔と豊かな表現力を兼ね備えた神様のような人。まさに極めた人なのでしょうね。生きているうちに見たかったマジシャンの一人です
ヽ(*´∀`)ノ

 

二本目は,Micky Silver


お忙しい人はこれまた1:00前後~どうぞ。でも最初からの雰囲気が好きなんですよね♪
どちらの動画にも共通して言えるのが表情豊かに楽しそうにしているところ。ちゃんと観客に向けてやってくれているところが伝わりますね。子どもが好きそうなマジックで,それでいて現象がわかりやすく口をぼーっと開けて目を輝かせながらみちゃう感じが最高ですね。ラストは圧巻です♪

さて,GWが終わりなんとか週末まで走り抜けたわけですが,もうヘトヘトです。平日週に2回が記事を書こうかと思っていたのですが週末になってしまいました・・・ペースは落ちたとしてもしっかりと更新できるようなサイトにしていこうかと思います。
あ~最近マジック取り組めてないな~(´-ω-`)

積まれた本などもある中で,時間の使い方が試されるこの一年。
とにかく8月初旬までは忙しくなりますが更新ぼちぼち頑張ります。

ギャンブル依存

ギャンブル依存

IR整備法施行令が本年3月に交付され,いよいよカジノに向けた日本のエンターティメントが動き出そうとしています。といいますか,いつからIR法ってカジノに関することになったの?

 

画像調整中~①

そもそもこのご時世に積極的に依存性者を量産するカジノを作る意図がなかなか伝わってきません。要は取れるところから税収をガッポリとってやろうという魂胆なのかもしれませんが,カジノを作ることのメリットよりも周りの人生まで破壊させてしまうデメリットの方が大きいことになかなかお偉いさん方は気付いていない様子ですね。

入場回数や入場料,納付金率等多くのハードルを設けながら依存症に関する配慮をしているように見えますが,依存症がそういうハードルをいとも簡単に乗り越えてしまうことを知っているのでしょうか。
お金を持っている人の理解を得ながら,税収を上げることに関しては,やぶさかではありませんが,その結果回り回って日本のマイナスになるような施策は避けたいものです。

ギャンブル

かという私もパチンコ,スロットにハマった時期もあります。学生時代ですね。深夜寝ずに働いていたカラオケ屋のバイト代をもって朝イチからパチ屋に並び,ドキドキしながら開店時間を待っていたことを思い出します。【大花火】というスロットは激しいギュイーーーーンという音とともに台の上にある役物が回る仕様になっていて射幸心をよく煽ってくれました。人にお金を借りたりはしなかったものの,ギリギリの生活をよく送っていたなと今振り返って思います。10万以上大きく買ったことなんか数える程度なのにその時の高揚感に向かうかのようにギャンブルにハマっていたのを思い出します。冷静に考えれば負けるとわかっているものでも自分の中で都合のいい言い訳を生み出し,スロットをするための理由を探していたのでしょう。
そんな私もギャンブルから離れる時期があります。離れたというよりも他にしなければいけないことができてきたのでしょう。そうです。今もうギャンブルなんてしてないよ。ではないのです。今もやめ続けているという意識が大事。
ギャンブルなどにハマってとことん勝ちたいとおもう自分自身の性格はきっとあの頃と変わってないかもしれません。だからこそこの意識に注意しておかないとすぐにスリップしてしまうでしょう。

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日本における大麻の着地点はどこなのか

日本における大麻の着地点はどこなのか

ゆっくりと大麻について一緒に考えていこう。
まず,大麻はアサ科の植物だということ。つまり自然界に自生しているものであり,これがいわゆる大麻草と言われるものだ。そして葉などを乾燥させたり,樹脂化させたりするものを総称して大麻またはマリファナという。

これらに含まれるテトラヒドロカンナビノール(THC)という化学物質が脳内のカンナビロイド受容体に結合することによって多幸感や幻覚作用をもたらす。

難しい話だが,このTHCは医療用にも使われることがあり,法の下で適切に使用すれば一定の効果があることを海外のエビデンスが示している。
高校化学を睡眠学習ですましてしまった私の経験では,
「あ~ね。あのややこしい化学式みたいなやつでしょ。あの結晶みたいな化学式にTHCがあって,それが脳に作用するという理解でいいんじゃないか。」
という程度の理解でこの話を進めていきたい。

法律的なところ

そもそも中枢神経系に作用するマリファナであるが,2006年に指定薬物制度による規制を皮切りに,2014年本格的に取締が始まった包括指定制度の中で危険ドラッグなどは店舗販売もできなくなり,よりアンダーグラウンドに沈んでいったのかもしれない。しかし大麻による検挙数は年々微増しているのが現状で,その多くが海外から密輸されていることが圧倒的に多い。



大麻の生涯経験率

そもそも日本人の大麻の生涯経験率は1%程度で,米国の44.2%に比べると顕著に少ないことが分かる。そもそも日本と米国では,戦後の大麻の取り扱いにおいて別の道をたどった経緯がある。
それほど米国では他の先進国に比べても大麻に関する生涯経験率が高く,身近にある薬物であることには変わりない。オーストラリアなどでは,一部の州で個人使用目的での所持などは警察官に見つかっても警告で済まされることがある。それほど日本と海外では取り扱いが全く異なってくる。オランダを始め,ヨーロッパや米国では,マリファナなどの薬物使用の「非刑罰化」「非犯罪化」が進んでおり,マリファナ使用を公に認めるのではなく,あくまで個人使用に関しては取り締まらないというのが実際のところ。刑罰を与えるだけでは社会と刑務所の回転ドアになることをここ四半世紀ほど日本より早く学んできているのだろう。

身近なものになりうるのか

呼び方は数しれず,ガンジャ,葉っぱ,ハシシ,ハッシュ,チョコ,野菜,お茶,ブリブリ などなど
きっと身近なものと感じさせるために多くの造語が生み出されているのでしょうね。嫌煙社会の中で, 日本で大麻を合法化するにはかなりハードルが高くなるだろう。個人使用に限ってと言われても世間の目は相変わらず冷たいのが現実。治療的なエビデンスを日本でも確実にこなしていくことが実績につながるが,治療と刑罰に関する法律も未だ曖昧な部分が多い。

ゲートウェイドラッグとしてマリファナが若年層に根付く前に,多くの対策と治療につなげる道筋を作ることが直近の課題であろう。依存症に関する厳罰化が予後をさらに悪くするケースを考えると,司法的ではなく治療的な回復への取り組みの方が有用であると私自身は感じる。

だからといって手放しに合法化が良いとは思わない。多くの薬物に関する生涯経験率がここまで低いのは「ダメ,絶対」が有用に働いてきたたまものだと感じる。薬物依存に対する刷り込みによって,人々を薬物から遠ざけることに成功したかのように見えるこの施策であるが,そのほころびが見え出してきているようにも感じる。「ダメ,絶対。だけではダメ。」という更なる課題が見えてきたこの現状で当事者研究はもちろんのこと,エンパワーメントされている当事者たちの協力が必要となってくるだろう。そういった面で,回復者は身近なものになり,モノ自体は遠ざけていけることがwin-winの関係を築けていくことにつながるだろう。

 

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ゲーム依存なんていわせない

皆さんはどんなゲームにハマっていて,ゲームにどれくらいの時間を注ぎ込みましたか?
「まあゲームなんてただの暇つぶしでしょ,そんな本気でやってないし」
と思われる方はブラウザバックです。そんなやつとはこのカテゴリーで共感し合えるわけなどない。と,一人でぷんぷん怒っているわけですが。

学生時代私の貴重な時間を奪い去ったのがモンスターハンター通称モンハンです。これが曲者で,モンスターを倒してその素材を集めて武器や防具にするアクションゲームなのですが,レアな素材はなかなか落ちないので30〜40分戦ってなんの成果も得られないこともあるぐらいシビアなゲームなのです。自分の好きな武器を揃えるには何十時間や何百時間素材を集める作業をせねばならず,夜遅くまでPCの前に座っていたことを思い出します。(実際は数千時間)

さて,近年やっと耳にするようになってきたこのゲーム障害。韓国などはゲーム依存症者も多く,国をあげての対策も行われているところです。しかし,我が国はどうでしょうか。まさに,やっとこさ重い腰を上げてきたというところでしょう。中年の引きこもりと同様に後手後手になってきた問題の1つでもあります。

基準とは難しいものよの

過去の自分を振り返り学生時代ゲーム依存になっていたかと問われると,まさにその通りだと思います。ゲームが生活の中心になっていた時もありますし,なににおいても優先がゲームだったでしょう。
ただ,そんな私ですがゲーム依存でないと自信を持って言える部分は無事に大学を卒業したり,バイトなどでも大きな穴は開けなかったということでしょう。
つまり,生活に支障は顕著に出ていなかったということ
これは大事なことで,ゲーム障害と診断される人の多くが生活に支障が出ているにもかかわらず止まらない状態が続いているといえるでしょう。診断においてもそれはひとつの指標。
眠い目をこすりながらもせねばならないことをこなしている場合は,ゲームはゲームの範囲を超えていないことが多いでしょう。
しかし,実際のゲーム障害の人たちは明らかな問題が出ているにもかかわらずゲームが止まらなくなっている。このラインがクリアできていないのは1つの基準でしょうね。仕事や学業が後回しになってしまう。何よりも第一優先がゲームになってしまう。孤立していることに気づかなかったり,周りからの目にも鈍感になってしまう・・・ただ,ゲームの世界って頑張ったら頑張っただけ強くなり,評価されたりする。それって現実の世界じゃそうはいかないことがほとんどですよね。つまり,ゲームの中には生きがいがあるからそこ離れにくいものになってしまうのでしょうね。報われないことがたくさんある社会の中で,ゲームという世界に依存してしまうのは仕方のないことかもしれませんね。

おわりに

この手の治療に関してはとにかく専門家が少ない。また,治療施設を持つ医療機関なんて極端に少ない。依存症という範囲で考えるならば,ある程度の治療施設は選択できる。しかし,まだまだ心もとないのも実際のところ。よくて精神保健福祉センターなどが相談窓口となってくれる程度かも知れない。それでもそこにつながれるゲーム依存症者はまだマシで,スタートラインに立てない人たちがほとんどであろう。
書いていて自分のとってのゲームとの付き合い方にも見直しが必要になるなと感じている。身近にあり,ちょっと空いた時間を埋めてくれるスマホゲーム。
果たして本当に自分の手におさまるゲームになっているだろうか
毎日のログインに追われていないだろうか
スタミナを消化することに囚われていないだろうか
自分の生活の中で,せねばならないことができなくなってはいないだろうか
本当にこのままゲームをし続ける人生でいいのだろうか

などと考えながら,寝る前の最後の一回のゲームをして今日も眠りにつく予定だ。

間違って自死に至る病~リストカッターケンイチ

今回は自傷行為のおはなし。
でも何故このサブタイトル?と思った人も多いかもしれません。
以前の記事でも書いたとおり,私はよくラジオを聞いていまして「伊集院光の深夜の馬鹿力」というラジオの古~いコーナーで「リストカッターケンイチ」というものがあります。このコーナーが面白くて,ハガキ職人が作るケンイチは,いつもギリギリまで手首を切らずに問題を乗り切ろうとするわけですが,最後の最後にブシャーーーっと切ってしまうのです☆そこに至る葛藤やらなんやらがこのコーナーの面白いところ。

リストカット
中学校の30人クラスだと,1人ぐらいはリストカット経験者がいると言っても過言ではないでしょう。潜在的には一割ぐらいの人がリストカット(軽度も含める)を経験しているのではないかとも言われています。基本的にリストカットは誰もいない一人で行われることが多く,構ってもらいたい思いやパフォーマンスとしての自傷は圧倒に少ないのが実際のところ。
切ってる時ってほとんどが一人で行われます。(ここ重要!)
つまり,彼ら彼女らはなんとか生き延びるために切り続けているわけです。対処法が間違っているように感じながらも,その一瞬一瞬を生きようとする姿は苦しみや生きづらさそのもの表してくれているのではないでしょうか。
以前の記事でも書いた,自らを傷つけ自分の叫びを表現している彼らが羨ましいというのもあながち間違っていない。
一般的な社会人がわかりやすい所にリストカットの傷がガッツリあったらどうでしょうか。たぶん、世間の目は冷たく,本人の抱えているものをどうにかするよりも周りの目を先に気にすることでしょう。お客様の目の届かないところ,または,なるべく人と接することのない場所など。
まさに悪循環。
本人の思いが表された傷を,さらに目の届かない所に追いやる。これでは切ったことで何もプラスになることはない。さらに生きづらさを感じることの繰り返しになるでしょう。

リストカットのやめかた

第1に,まず誰かに打ち明け知ってもらうこと。
理解者を探すことが大事。

第2に,切ってしまうダメな自分でも、まあそれはそれでいいんだと自分を認めてあげること。その過程で間違って死んでしまわないために安全策をとること。あと自分で手当すること。
第3に,治療につながりつづけること。

ザックリまずはこの3点からですかね。周りの人間が意地になって止めようとすればするほど悪化することも多いこのリスカ問題。
本人は傷を隠すためにどんどん賢くなります。
見えないように腕や脚にする人も。
結局行動をどうにかするのではなく,感情を取り扱わなければ回復しにくいということではないでしょうか。なぜ切りたくなるのか?どういう感情が今あなたの中にあるのか?どんな感情に苦しんでいるのか?などを安全な場で話すことが大事。脳内麻薬が痛みを鈍らせ,離人体験させてくれることで助かっている部分もあるのでしょうねきっと。リストカットはその中で唯一助けを求め反応してくれたものだったのかもしれません。だからこそ切る選択肢は残しておくべきだと私は感じます。切る切らないの綱引きは自傷に対する熱意を高めさせるだけだと覚えておきましょう。感情的に反応する相手には,同じ土俵では戦わないのが支援のコツといえるでしょう。タイトルにもある通り,間違って自死に至ってしまうのがこの病気の怖いところ。つらさの解消に行った行動が,意図せず既遂に至ってしまう・・まさに生きるために自傷が死をたぐりよせているのだと思います。

そんなこと言ったって周りは理解してくれないと思う人も多いかもしれません。なら,助けてくれそうな人の目の前で切ってみるのもひとつの方法かも。だいぶ間違っているかもしれませんが,精一杯伝えてみる行動は大事かも。切ることで相手を巻き込んでしまうリスクも考えないといけませんが,切ると何か変わるかもよ?最後の選択肢としてとっておきましょう♪それもいいんじゃないかなと私は感じます。

摂食障害~生き延びるために食べる人たち

摂食障害について語ろうかと。
女性ならではのとても厄介な病気・・・いやっ,もう女性だからという問題じゃなくなってますよね実際。数は比較的少ないが,男性であっても関係してくるお話です。三大欲求のひとつ食べるという行為について困っている人たちのこと。わたしの知る上で,発症年齢は小学生でも稀にありますね。相対的に女性が多いのは確かで,思春期に発症しやすい。ダイエットという範囲を越えて食に対する執着というか,依存というかコントロールを失っている状態が続いてしまう。
周りが気にするようなことでもない体型や体重の微々たる変化に捉われ,生活全体が食べることに執着してしまっている状態ですね。

とある有名な施設長の言葉を借りて少し言い換えていうならば,目の前の数字に固執し,没頭することで本来の人生に向き合うことから逃げている。逃げることが悪いことではないですが,この方が言っているのは,彼ら彼女たちはどうやって生きていったらいいかわからなくなっているのではないかということ。
不合理な目的でも目の前の体重計に示された数字が事実であり,予定外のことが起こる恐怖に比べたらマシだということなのでしょう。もちろん神経性やせ症や過食症の特徴によって取られる行動は違うかもしれないが,根っこには共通する不安や恐怖感が潜んでいるのではないかと感じますね。

愛情不足で育ったうんぬんを語る人もいますが,そこを取り扱うとほんと治療に莫大な時間とお金がかかってきます。もちろんそれが根本解決だという人にはその選択肢があっても全然よいと思う。
ただ,私の体感として,問題志向になっていては解決に向かういいものが見つかりにくいことも多いのではないでしょうか。変えられるかもしれない未来を取り扱う方が変えられる可能性があるということ。ただ,摂食障害の人はその未来を見るということ自体がが苦手なのかもしれません。
ストイックで数字に縛られ囚われながら生きていることは,きっと生きにくさを感じていることでしょう。
数字の増減で一喜一憂し,食行動の異常さに嫌悪感を抱き,さらに周りの理解も得られない中では,生きているだけでもすごいことだと思うのですよ。
まさにこれも自傷行為のひとつ。
これがあるからこそ生きていられるのだと考えると,食行動の異常にも意味があり.無理に止めてはいけないものであることもわかると思います。
身近に摂食障害の人がいるとそんなこと言ってられないかもしれないのが実際のところ。しかし,自分の心の安定のために相手を変えさせることはおかしいですよね。この感覚はとても重要ですね。
つまり相手を本当に助けるためには,その人自身に力をつけてもらう必要があるということ。この心配のすれ違いはSNS上でも多く見られる気がします。こういう転移や逆転移の感情に巻き込まれると,後は関係が崩れていくばかり。 (興味のある人は精神分析の本でも読んでみるといいですよ。とてもいい睡眠導入剤になりますから笑)

同じ悩みを持つ仲間同士が語り合うことのメリットと巻き込まれることは本当に紙一重だと感じます。同じ共通の話題で盛り上がれることで相手を全てわかったような気にならないことが重要。その一面を何度も重ねていく上で,少しだけ相手を理解できるのかもしれません。私がSNS上で時たま意識してキツいことをリプライで送るのは,「この人はどのように返すのだろうか。この言葉だけで私を判断するような人なのか。」などスクリーニングにかけているのかもしれません。(自分の性格の悪さにうんざりします・・・)
だからこそ,ちゃんと受け取ってくれる相手には私なりの真剣さでツイッターで絡みにいったりするのだと思います。摂食障害について書いていると,同系列にある自傷行為についても語りたくなってきました。次回以降の話のネタについてまとめておこうと思いまうす。それではまた。

ピエールの笑顔

ピエールといってもマジシャンのムッシュピエールじゃないですよ。
(むしろそっちのほうが知ってる人少ないだろうなw)瀧ですよ瀧!
麻薬取締法違反の疑いで逮捕されたピエール瀧被告ですが石野卓球さんとの写真がTwitterに投稿されました。

正直素敵な笑顔だなと思いましたヽ(*´∀`)ノ
電気グルーヴ自体はあまり世代ではないので知らないのですが,この画像からふたりの仲の良さと信頼関係が伝わってきました。

きっとマスコミはこの画像について面白おかしく批判するでしょうね。

もちろん法律に違反したものを所持し,使用していたことに関しては非を認めざるを得ない部分はあるでしょうが,この人にとっての社会復帰を考えたときに,果たして刑罰が本当に必要なのか?
この人が営利目的の売買に大きく関与していたなら話は別ですが,単純使用のものに関しては刑罰よりも支援や治療につなげるべきであると私は感じます。排除や厳罰化だけでは本当の意味で回復にはつなげられないということ。
社会は薬物を使いながら支障のない生活を過ごしている人間が怖いのかもしれませんね。だからこそ臭いものには蓋をし,罰を与えることで解決したかのように思い込みたいのかもしれない。

しかし現実は違う。皆が皆依存症になるわけでもない。コカインの乱用によって依存症になる者もいればうまく使いこなすものもいるかもしれない(その先に逮捕はあるかもしれないが)。アルコールと同じように全ての人が依存症になるわけではない。もちろんコカインは麻薬取締法違反であり,法律違反であることも忘れてはいけない。しかし,このサイトでは司法的な解決ではなく,治療的な依存について語りたい。
彼個人の社会復帰を考えた時,法律の枠に縛り付けることが本当の社会復帰につながるだろうか。
私個人の意見としては縛るべきではないと思う。多くの才能を持ち,発揮している彼だからこそ表舞台に立つべきだと思う。一発アウトな世の中じゃ変わろうとする人の手助けはできないでしょう


まぁ人間何かしら失敗しますって実際。でも失敗した時が重要ではないかと思うのですよ。これで全てを失ってどうするんですか。ちゃんと治療につながって,待っている人達のために表舞台に立ちつつ,なぜ使うに至ったかなどを彼自身の中で咀嚼していかなければ回復はできないでしょう。これからも多くの作品期待してます。

マスコミさんそろそろ晒し上げる報道やめません?叩きやすいところを叩くなんてポリシーも何もないでしょ。これまで問題起こした人たちが,何もなかったかのように平然とテレビでコメントしている所を見ると,問題を覆い隠すってホントに怖いことですよね。最近清原が依存症の講演してましたね。ああやって今なんとかもがきながらも回復に向かってるやつほど取り上げなきゃですよ!!この記事の題名でもあるピエールの笑顔が今後どう依存と向き合っていくかが見ものですね。しっかり応援していこう
|゚Д゚)))




アルコールの適量について

GW真っ只中。飲酒機会は増えるのではないでしょうか。私自身も実家に帰ると夜日本酒やビールでお酒を楽しむ勢です。ところでアルコール摂取の適量についてご存知ですか?

もちろん本人の耐性や体重,その他の要因によって適量は違うのですが,一般的に厚生労働省が推進する「節度ある適度な飲酒量」という基準があるようで,一日あたりのアルコール摂取量の適量が示されています。なんと適量は,一日平均純アルコール20g程度らしいです。
・・・
う~んよく分かりにくよね実際。イメージがつかないというか。
身近なものに例にとると

ビールなら500ml
チューハイ(7%)350ml
(ストロング500mlは完全にアウトだ気を付けろ)

日本酒なら一合
ウイスキーならダブル1杯
ワインならグラス2杯
詳しい計算式もあるので,その辺は他のサイトで調べてみてください☆

とにかく適量が定められているわけです。実際のところビール1杯で収まるかと言われればそうでもない。特にGWなどは。普段晩酌で飲む私ですが,家で飲むと酔やすく,ビール500mlで十分満足することもよくあります。ただ、GWなどの連休ではそうはいかない。食べるものや会う人も変わり自然と酒量も増える傾向があります。アルコール愛用者にとって楽しくお酒を飲めることは嬉しいことであります。依存症のリスクは身近にあることを忘れずGWも楽しいお酒に興じようと思います。
ただ,依存症者にとってGWなどの大型連休は,強力な引き金となりうるでしょう。一度飲み出すと止まらなくなるのが厄介なところ。船の舵を失ってしまう。ぶつかるまでもう止まらなくなってしまうのが依存症の特徴といえるでしょう。実際断酒会やAA(自助グループ)などでは,この大型連休をいかにお酒のない生活にするかを話し合うのです。
そんなの別に行かなくても,意識して飲まない選択をしていけばいいんじゃないの?」というのが一般の人達の意見でしょう。
しかし彼ら彼女らは自分自身がアルコールを目の前にすると,無力になることを理解しているからこそ集まってミーティングをするのです。各地域で行われている普通の人たちでも参加できるミーティング(オープンミーティング)に行くととても多くのことを学ぶことができます。鉄板ネタを話して笑いを取ってくる人達もいるので,依存の問題を抱えている人は,今まさにやめている人たちの話を聞くことは大きな意味をもってくるでしょう。
コントロールを失う前にアルコールとの付き合いを見直す機会が作れるといいですね。問題が大きくなってからではもう手遅れだということを彼ら彼女らは身を持って示してくれているのだと感じました。

お酒をおいしく飲むために・・・
ぜひ酔うことを目的にしないでください。
何を飲むかを選択する楽しさや,誰とどんな話題を楽しむかなどお酒以外にも楽しみが周りにあることをしっかりと理解すること。
私の場合,お酒は人をつないでくれたり親密性を深めてくれるものだったりします。しかし,人によってお酒はなくてもいいものであることを理解しておきましょう。そして,断るという選択肢も常にそばにあるということが大事。断ったところでその人全体を否定するわけでもないですし、気楽に断れる雰囲気作りは大切ですね。
休肝日も意識すること!これも大事。飲まないとやってられない状況を避け,お酒以外のストレス解消法もしっかりと持っておきましょう。だってみなさんの人生ってお酒だけじゃないはずでしょ?もっといいものが生活の中には埋まっているはず。そこに目を向け,生き方の見直しこそがお酒に頼らない生活につながるはず。是非ともお酒をお酒として楽しめる生活にしていきたいですね(´・ω・`)